2012-05

閑話休題 若田光一さん

今日は宇宙飛行士 若田光一さんの講演を聞いてきました。

彼は宇宙航空研究開発機構(JAXA)に所属する宇宙飛行士ですが過去2回も宇宙に行き数々の成果をおさめ、さらに来年末には船長として三度目の宇宙へチャレンジする予定です。

スペースシャトルでの出発、国際宇宙ステーションでの長期滞在そして帰還に至るまでの様々な技術的な話やステーション内の様子を映した動画ももちろん面白かったのですがなにしろ彼の人柄の良さに魅了されました。

各国からのアストロノーツが集まったクルーが長期にわたって生活するわけですからコミュニケーションが重要になりますが、彼の笑顔と人柄がクルーの雰囲気を和ませてくれている様子がよくわかりました。
ちなみに船内での公用語は英語とロシア語だそうです。スペースシャトルは役目を終えこれからはソユーズでの往復になるからです。

会場では未来の宇宙飛行士たちからするどい質問などもでていましたが一つ一つ丁寧に気さくにわかりやすく説明してくれ、夢に向かって努力する事の大切さを話してくれました。

あまり若くもない私にもすごく元気の出る講演でした。
wakata_m.jpg

芳野旅館

日昼は30度近い暑さ、ゴールデンウィークを過ぎるともう初夏の様相で刻々と季節が進んでいるのがわかります。
さて今日からは同じく老舗の「芳野旅館」さんです。
同館のホームページに記述されていますが大正二年の創業という事です。相良藩の御殿医の屋敷跡に建ち当初は料亭として創業されています。

まずは昭和12年発行の「観光の人吉」からの抜粋で「自宅温泉 芳野」の項です。
他にも見られるのですが当時の文語体による広告文はいずれも格調高く、限られた文字数の中で伝えたい事を実に簡潔明瞭に表現していると思います。
平たい文章に慣れている現在、あらためて読むと一層輝いています。

芳野旅館
宿泊料は二円~四円です。

散歩道路

新緑がまぶしく汗ばむくらいの日は、橋の上から見る球磨川はことさら涼しげで水面に映る城内の森も美しいですね。

菖蒲様からのコメントの中で「散歩道路」という言葉がありました。当時は何の思いもなく普通の会話の中で使っていた言葉ですが今振り返ってみると仰々しさもなく何とやさしいネーミングだろうと懐かしくなってしまいました。

道路の高さも水面(みなも)に近く、手を伸ばせばそこには球磨川がありました。日々の生活の中に溶け込んでいましたね。

シート 001

今昔

今日は締めくくりに、絵葉書と対岸から見た人吉旅館さんの現風景を並べてアップしてみましょう。
絵葉書に写っている東棟と呼ばれる二階建ては現存しています。

しかし高く長い堤防が続き雰囲気は一変です。市民の生命と財産を守る為の護岸工事だからしょうがないのですかね、何か殺風景さを和らげる工夫はないものでしょうか?

人吉旅館 終

現人吉旅館



人吉旅館 さらに

桜もほぼ終りツツジの季節になりました、そして雑草もたくましく伸び伸びと育ってます。(^^)

今日の絵葉書は人吉旅館さんを球磨川から見た一枚です。
昭和8年~9年頃の写真で建っている二階建ては先日アップした「末廣」さんの絵葉書の左側に建つ二階建てのさらに左側に建った東棟と呼ばれるもので、この1階と2階に客室が数室あり各客室の縁側が繋がっています。

そして2階の縁側から見た繊月城を望む風景が3月12日にアップした「人吉旅館客室より」の絵葉書になるわけです。調べていくと面白いですね。

まだ護岸工事もなく自然石の堤防で、増水でもするとやや危なっかしい感じもしますね。この建物の前にも浴場らしき建物が見えます。末廣さんの内湯の場所から更に左側に位置することになりますが、移転したのでしょうか?

長い縁側と、手ぬぐいかシャツが干してある欄干を見ているだけでゆっくりと時間がながれる温泉宿の風情が伝わってくるような一枚です。

人吉旅館 終



NEW ENTRY «  | BLOG TOP |  » OLD ENTRY

プロフィール

泉都セピア

Author:泉都セピア
遠い日の、人吉の街のたたずまいを想像させてくれるセピア色の絵葉書や今の時代にもおしゃれなパンフレットなどをご紹介してまいります。

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

絵葉書 (48)
パンフレット (22)
人吉今昔 (11)
日記 (14)

フリーエリア

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

ありがとうございます