2017-10

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人吉町明細全図

「人吉繁昌記」に掲載されている写真を紹介する前に明治32年当時の人吉町の地図をアップします。この地図は「人吉繁昌記」の巻末に綴じてあるもので、これを見ると球磨川の北側に人吉七町(九日町・五日町・七日町・二日町・大工町・鍛冶屋町・紺屋町)を中心にその他の町をまた南側に田町・南町などの町名が記載されさらに主な建物番号と照らし合わせるよう索引も掲載されています。

追ってアップする建物と見比べてご覧ください。
人吉町明細全図 小
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またより道です  人吉地図

すぐに寄り道してしまうのが悪いクセです。

駅前近辺についてのコメントを頂戴しましたので今日は昭和24年12月20日に発行された人吉地図から駅前付近を抜粋でアップしてみます。

地図の下部には官公庁始め学校、病院、映画館、喫茶店などが索引として並んでいます。
なつかしい名前もちらほらと。
人吉地図2

人吉地図3


寄り道  駅前通り今昔

今日もまた降りましたね。

熊本県が発信している災害情報メールサービスに携帯から登録をしたら早速「相良村 避難勧告」とか「人吉市 大雨警報」とか矢継ぎばやにメールが入ってきました。あまりいいニューースではないけど最新の情報は把握できます。

今日は「朝陽館」から寄り道して同館が立つ駅前通りの夜景を今昔風に並べてみます。
の方は前回紹介した「観光の人吉」に掲載されている「人吉駅前の夜景」という写真です。通りを東西にまたぐネオンのアーチが輝き人吉の表玄関だった頃の風情があります。
現在の夜景との比較はいかがでしょう。
eimaeyakei.jpg

現在の夜景

散歩道路

新緑がまぶしく汗ばむくらいの日は、橋の上から見る球磨川はことさら涼しげで水面に映る城内の森も美しいですね。

菖蒲様からのコメントの中で「散歩道路」という言葉がありました。当時は何の思いもなく普通の会話の中で使っていた言葉ですが今振り返ってみると仰々しさもなく何とやさしいネーミングだろうと懐かしくなってしまいました。

道路の高さも水面(みなも)に近く、手を伸ばせばそこには球磨川がありました。日々の生活の中に溶け込んでいましたね。

シート 001

人吉町明細全図

朝晩はめっきり涼しくなってきました。
でもこのまま秋というわけにはいけませんよね。台風が通過した後ほまた残暑がぶり返す事でしょう。

さて今日は絵葉書を離れてずーっとさかのぼった人吉の古地図です。
「人吉町明細全図」というこの地図は元々明治32年に発行された「人吉繁昌記」という本の復刻版(昭和49年復刊)からの引用です。
この本、明治30年代の人吉町の様子が小気味いい文章で細かく紹介されておりまた添付された当時の写真、また各商店の広告など興味深い内容が満載で前回アップした人吉市中の絵葉書の町並みの解明にも大事な資料になります。

この本の最後にくっつけられているのがこの地図で、主だった官庁や学校・寺社仏閣などに番号をふって地図の中にしめしてあります。橋はもちろん大橋のみ、よく見ると先日絵葉書でご紹介した梅花の渡しにあたる所には川に舟が浮かんでます。

人吉町全図
(クリックすると大きくなります)


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泉都セピア

Author:泉都セピア
遠い日の、人吉の街のたたずまいを想像させてくれるセピア色の絵葉書や古写真そして今の時代にもおしゃれなパンフレットなどをご紹介してまいります。

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