2017-10

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新装なれる人吉大橋

カテゴリーの整理をしてたらまだアップしてない絵葉書があったのでした。
折角だから旅館シリーズから寄り道してご紹介します。

「新装なれる人吉大橋」というタイトルで開通まもない大橋のようです。これは札の辻側からのアングルでしょうね?石造りの欄干がなつかしい・・橋の両側にはこんな橋灯があったんですね、小俣橋の方にもありますよ。
中川原の両側には色んな建物が見えますね、なにが建ってたか、むかし中川原の集落にすんでいた知人に聞いてみましょう。

それにしても幅員が広くて市民も大感激だったでしょうね。
大橋開通直後

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郷愁の大橋

欄干にもたれて球磨川を見下ろし時が経つのも忘れて流れを見ていた事もありました。小さな子供達はしゃがんで下の覗き窓のような所から顔を出して同じように川を見ていた事も思い出されます。

瀟洒な水の手橋と違い、幅の広い石造りの欄干は身をゆだねても安心できる大らかな父親のような橋であったように思います。

人吉大橋 関連の絵葉書のしめくくりはいつか見た夜景です。おくんち・・・花火大会・・

人吉セピア 018



記憶にある風景

昨日知人が ゆめマートの お魚コーナーに行ったら鰻のコマーシャルソングのような曲が流れてたそうです。その声のまろやかさやうまさがどう聞いても小椋 佳 にしか聞こえない・・・
しかしあの小椋 佳が鰻のCMソングなんか唄うはずがない????

早速ネットで調べてみましたらやはり小椋 佳が浜松の名産品 うなぎパイ のCMソングを唄ってました。
曲名は「うなぎのじゅもん」だそうです。
彼は昔、第一勧銀(現みずほ銀行)浜松支店長をしていた事があるのでそのご縁じゃないかというのがオチでした。 

余談が長くてすみません。
今日の大橋は現在の大橋の一代前、数年前まで渡っていたあの大橋です。

昭和25年くらいから30年くらいの球磨川下りの発船風景ではないでしょうか。船のお客に紙テープを投げたり別れの水を掛けたりして見送ってたのを思いだします。大橋の上からも沢山の人が見送ります。
人吉セピア 016
江戸の昔からの街の南北をつなぐ重要な動脈としてだけではなく、生活の中に根ざした人吉の風景に欠かすことができない大事な橋ですね。

こんなアングルからの人吉大橋

今朝は なでしこJapan に感涙・・・思わず全身に力が満ち溢れる感覚を味わいました。
それにしてもよくがんばりましたねー  すごい!
また試合後のアメリカのエースストライカー、ワンバック選手の対戦相手を称えるコメントにもすごく大人を感じました。

さて今日の一枚は昔、九日町にあった料亭「宮儀本店」のテラスか屋上からやや見下ろした人吉大橋の画像です。
近い地点からの画像で橋の細かな部分まで良く見えますね。
この「宮儀本店」がいつ頃からいつ頃まで営業をされていたのかまだわかりません。どなたかご存知でしたらその場所も教えてください。

人吉セピア 015

小俣橋

昨日桔梗おみなえしが咲いてますと書いたら今日の天声人語には東京では萩・桔梗・なでしこ・おみなえしが咲いていると書いてありました。やはり日本列島、南北に長いですね。 秋は北からですか(^^)

一般的に「大橋」と呼んできた橋の南側、中川原から新町に架かる橋は正式には「小俣橋」といいました。
人吉大橋の絵葉書はいくつもあるのですが小俣橋のはあまり見た事がありません。
今日の一枚は珍しく小俣橋を撮ったものです。中川原からのアングルだと思います。
橋桁は丸太でしょうか?通っている人の姿もちらほらみえますね。

現在の画像とも比べてください。(もっとも一本の橋になってしまいましたが)

人吉セピア 014

現在
小俣橋①

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泉都セピア

Author:泉都セピア
遠い日の、人吉の街のたたずまいを想像させてくれるセピア色の絵葉書や古写真そして今の時代にもおしゃれなパンフレットなどをご紹介してまいります。

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