2017-10

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昭和温泉

超久し振りのアップです。「人吉昭和温泉」と名打った絵葉書です。

絵葉書の表面、裏面の様子からおそらく前回の「新温泉」さんの絵葉書などと一つの袋に入っていたシリーズものではないかと推定します。

「昭和温泉」名前に記憶があるのですが何処にあったかは覚えてません。どのあたりにあったんでしょうか?
調べてみると昭和の5年に開業されているようで「新温泉」と同じく大屋根の建物で良く似ています。

浴場内も広く湯量も豊かな感じでお湯につかっている人たちも暖かそうな画像ですね。
昭和温泉 昔

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温泉公衆浴場

旅館・料亭から離れて今日は公衆浴場です。

公衆浴場の絵葉書というのも数少ないのですが今日の一枚は「新温泉」さんです。
この絵葉書、不思議なことに葉書の左下部分に全体の半分ほどの画像が印刷されており広い空白部分には
何も書いてありません。アップしたのは画像の部分だけだす。
後日紹介する絵葉書も同じ感じなのでセットとして袋に入って販売されていたのかもしれませんね。

昔は数多くあった公衆浴場も各家庭にお風呂がつくようになった時代背景や湯量の減少化などの影響で現在営業されている所はほんのわずかになってしまいました。

泉都人吉のシンボルとして何とか昔の盛況を取り戻したいものです。
絵葉書は大正7年から昭和7年くらいのものの様です。
新温泉 昔

新





料亭宮儀の続き

再び人吉に帰って前々回アップの料亭「宮儀」です。

今日の絵葉書、タイトルは「料亭宮儀本店の眺望」というものでたぶん屋上であろう所から球磨川・大橋そして新町あたりの町並みをかすかに望むものです。大橋にはまだトラス構造の鋼材が付き中川原よりの橋桁には丸太の補強材みたいなものも見えます。この屋上自体も当時としては立派なものだったでしょうね、鉄柵で囲まれ右の方にはしゃれた電燈もついてます。

このアングルからすると、記憶では九日町のこのあたり「釘屋」というおもちゃ屋さんがあった所付近ではないかと思うのですが詳しい情報ご存知でしたらご教示ください。

「宮儀」についてはこの2枚だけで外観などの写真や絵葉書をまだ見た事がありません。どんな門構えでどんなたたずまいだったのでしょう。
miyagi2.jpg

料亭 宮儀

随分と冷え込んできましたね。重ね着しないと風邪をひきそうです。

さて今日は九日町にあった料亭「宮儀」の大広間の様子。絵葉書のタイトルは「料亭宮儀本店大広間」というものです。
凛とした床の間のたたずまい、三幅の掛け軸とその前には立派な立花、左には水盤、右には投げ入れの花と置物、畳の数からしても敷居の手前も含めると40畳ほどの大広間でしょうか。広々としています。

天井から下がる鈴蘭灯もしゃれてます。芸者さんなんかも居てさぞ賑わったのでしょうね。この「宮儀」、宮崎精一画伯のご実家でもあります。場所は現在の「鮎の里」さん付近ではなかったでしょうか?前述の電話帳にも記載がありました。
宮儀

十蔵屋旅館からの展望

通常の、旅館の絵葉書アングルとは違った一枚が今日の絵葉書です。

タイトルは「十蔵屋旅館四層楼上よりせる球磨郡の大観」と大仰なものですが画像は紺屋町あたりから村山方面を見た市街地の甍の波です。

はっきりとわかるものは肥後銀行倉庫でその他煙突が5本見えます。右から2本目の煙突には「○○製造場」と書いてあるようです。一番右側の煙突にも字が書いてあるのですが判別できません。
これは想像ですが多田醤油さん、それから一騎醸造(現在の緑屋本店さん)の工場の煙突じゃないかと思うのですがいかがでしょうか?

それにしても十蔵屋さん4階建てだったのでしょうか?建物の写真、見てみたいですね。
十蔵屋よりの展望

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Author:泉都セピア
遠い日の、人吉の街のたたずまいを想像させてくれるセピア色の絵葉書や古写真そして今の時代にもおしゃれなパンフレットなどをご紹介してまいります。

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