2017-10

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料亭宮儀の続き

再び人吉に帰って前々回アップの料亭「宮儀」です。

今日の絵葉書、タイトルは「料亭宮儀本店の眺望」というものでたぶん屋上であろう所から球磨川・大橋そして新町あたりの町並みをかすかに望むものです。大橋にはまだトラス構造の鋼材が付き中川原よりの橋桁には丸太の補強材みたいなものも見えます。この屋上自体も当時としては立派なものだったでしょうね、鉄柵で囲まれ右の方にはしゃれた電燈もついてます。

このアングルからすると、記憶では九日町のこのあたり「釘屋」というおもちゃ屋さんがあった所付近ではないかと思うのですが詳しい情報ご存知でしたらご教示ください。

「宮儀」についてはこの2枚だけで外観などの写真や絵葉書をまだ見た事がありません。どんな門構えでどんなたたずまいだったのでしょう。
miyagi2.jpg
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料亭「宮儀本店」と、「宮儀支店」について

 管理人さま、今年もよろしくお願いします。
 料亭「宮儀」は、人吉市九日町108番地にありました。主人は宮崎儀太郎で、店名「宮儀」は姓・名から取られたようです。聞き取り調査では、開業は大正3年のようです。宮崎儀太郎には三女一男がおり、一男が宮崎精一で第四子に当たります。大正元年11月24日生まれです。
 現在、同番地は源島駒男さん宅になっています。隣の109番地は「すし天」があります。管理人さまがご存知の「釘屋」(小間物雑貨商)は、九日町82番地にあり、坂口熊次郎の経営です。親戚には「坂口岩助・坂口末八・坂口茂八」などがおり、陶器・製麺・穀物商を営んでいました。
 昭和10年、宮儀の女将やすは宝来町の料亭「魚芳」を買い取り、九日町店を「宮儀本店」に改称、宝来店を「宮儀支店」として開業しています。昭和12年、経営不振により宮儀本店を売却し、宮儀支店に住居を移しています。昭和16年、宮儀支店を親戚(魚屋)に賃借。昭和45年、宮崎精一、旅館業に進出し、旧宮儀支店を新たに「古城旅館」と改め、開業しています。
 ご紹介された「宮儀本店」の絵葉書は、昭和10年~12年までの間に撮影されたものではないでしょうか。古城旅館については、私の仕事同僚が古城旅館のもと従業員であり、いろいろ昔話を伺っている所です。

菖蒲様、今年もどうぞ宜しくお願い致します。
「宮儀」の歴史、すごくよく解りました。有り難うございます。
「すし天」さんの近くでしたら現在の九日町通りの北側になりますね。
絵葉書の写真のアングルからすると球磨川沿いに建つているような感じですがどのあたりですかね?
それから「宮儀本店」の跡はどうなったんでしょう?

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